メガネさんの幸せ。

仕事から帰ってきたら、女の子がいた。


ドアの前に座っていた。


「ママが帰らない」


歓楽街に近いワンルームだから、いろんな人がまぜまぜに住む。
私ももれなくその1人だが。


オートロック
新築
ワンルーム高層マンション


今まで、程遠く生きてきた私だが、それなりに住めている。


ここの住人は、9割は一緒にエレベーターに乗るのを避ける。
挨拶したりすると、びっくりされたり、無言。


今までの生活と比べると何とも味気ないけど、仕方ない。
自分の不器用さに配慮し、仕事優先で職場に近いとこを選んだ。


女の子は、一階上に住んでるみたいだった。

彼女とママとは、エレベーターに一緒に乗れる数少ない住人。
いつも、挨拶もしてくれる。


ママは、近くの繁華街で夜の仕事に出てる。
同じシングルだけど、私は独りでノンビリしたもんだ。

女の子は、夜は近くの保育園に預けられてる。
一応、鍵を持ってる模様。


その日、女の子は体育座りをしてドアの前に座っていた。
もう20時は過ぎていた。

「まあ、お入りよ」と声をかけると、パッと笑顔になった。


子どもは可愛い。
それで、良いではないか。
それ以上でも、以下でもない。


ちょうど冷凍しておいたハヤシライスがある。
ご飯は炊かなくちゃならないが。

荷物を下ろして、エプロン。
ご飯を鍋にかける。


うちは、テレビがない。
退屈かなと思ったが、傍らでじーっと私を見ている。


彼女は土鍋に興味シンシンなご様子。
一所懸命に、背伸びして覗いているのだった。


ベランダでチビチビ飲む用のいすを置いてやる。
ちょこんと座り、鍋を睨んでいる。
いつのまにか、私のキウイ(ぬいぐるみ)を抱いている。


子どものこういう真剣な眼はいい。


「 お鍋かシューシュー言ったらお知らせいただけますか」
と声をかけ、ポテトサラダを作る。

今度は銅鍋に興味シンシン。

「重た!」


笑いながら作るご飯。
久しぶりだなあ、この感じ。
愉しいものだなー。


ご飯は少しお焦げをつけた。
彼女は大喜びだ。


ベランダで、キウイも交えて食べた。


しばらくして、ママがやってきた。


「メガネさんのおうち」というメモを携えて。


ママも一緒にハヤシライスを食べ、また仕事に。
女の子は保育園で夜を明かす。


久しぶりに沢山の器を洗う。


子どものニオイとママの香水と。


味気ない町だと思っていたけど
これもまた、これでええかもなあ、と。

冷蔵庫―潮田登久子・写真集 (BeeBooks)

冷蔵庫―潮田登久子・写真集 (BeeBooks)

えらく気に入り、読んてはりました。
シブいなあ。